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泥舟と旅路:自由と風の国1

 心底不機嫌そうな炎が爆ぜる。握られた片手剣からはまだ炎の残滓が残っており、火元素が燃える音がぷすぷすと鳴いている。
 それを眺めて、難儀やなあ、と桜色の少年はため息をついた。翡翠色の目が腰で揺れている。対して、長身の男はむっとした表情を浮かべつつ、ベルトにきっちりと固定した赤色の目を撫でた。
「来る日も来る日もヒルチャール退治だぞお!?というか懲りないなあアビスの魔術師も!!いい加減にしていただきたい!!」
 そしていい加減布団で寝たい。冒険者といえども彼らは人間である。斑はブーブー文句を言いながら、手際だけはよく、さっさと群がる怪物を斬り伏せている。まるで片手間の作業のように。
「ま、仕方あらへんやろ。他の連中はまだ目を持って間もないしなあ?いきなりアビスの怪物と実践はちと無理があるっちゅうことやな」
 そういう斑の愚痴を適当に流して、こはくもまた片手剣を踊るように振るう。生成された風が怪物を切り付け、ついでに斑が放った火元素を拡散させていく。ここは草原地帯であるから、あっという間に大炎上である。
 軽いボヤ騒ぎやな、これ。淡々と述べたこはくに、けらけらと斑の笑い声がかぶさる。うるさそうに眉を寄せて、やかましいわ、と文句を言った。
「よりにもよって火元素だったもんなあ……氷か水元素だったら良かったのになあ」
「あー……わしらだと火元素相手はちと分が悪いわな、確かに。斑はんは火元素、わしは風元素。せめて他に……草元素以外でもう一人ほしいところじゃの」
 他人事のように言って、ないものねだりをしてもしょうがないとこはくは言う。ごもっとも、と斑も眉を下げて困り笑いを浮かべた。

 彼らはモンドの端の方で活動している冒険者グループの一つである。活動範囲は存外広く、時には璃月にまで足を延ばすこともある。
 とはいえ、彼らの所属は少々特殊だ。冒険者協会に所属する冒険者はおおよそ複数人で行動することが多い。単純にリスクよりもメリットが大きいからである。単独で活動する人間は、よっぽど腕が立つか、神の目を持っているかのどちらかだ。
 表向き、斑は後者で、こはくは前者の人間だった。実際はこはくも神の目の所持者であり、それをずっと隠してきたらしい。斑にはあずかり知らない話だ。
 こはく自身は別のグループに所属しているのだが、そのメンバーもやっと一人神の目を得たくらいで、アビスの怪物と渡り合うには少しばかり難がある。モンドには西風騎士団があるとはいえ、騎士団も万能ではない。フットワークの軽い冒険者に戦力があるのであれば、依頼という形を通して安全を確保しようとする。実に理にかなった話ではある。
 斑はずっとソロの冒険者であった。お祭り好きの、嵐のようなお人好しの冒険者として知られている。火元素の使い手である彼は、単独でも怪物の殲滅が可能な男であった。とはいえ、所詮は単独行動しかしていない冒険者である。怪物の巨大な群れの処理は流石に荷が重い。
 そこで提案されたのが、臨時チームを組むことだった。
「……それは別に構わないんだけどなあ?ここまで高頻度だとはなあ。協会にちょっと異議申し立てをしたいくらいだぞお」
「コッコッコッ、それに関してだけは同感やわ。ま、感覚を取り戻せるっちゅうのだけはありがたいんやけどなあ?」
「ああ、こはくさんは神の目を隠していたんだっけ。珍しいなあ、稲妻でもあるまいし」
 そういう斑は稲妻の名家の出身である。稲妻で家名持ちといえば名家か、余程の功績を打ち立てたかの二択だ。こはくはジト目で斑をにらんで、立場があるくせに稲妻を飛び出してきたぬしはんに言われたくはないわ、と呆れたように言った。
 要はどっちもどっちである。互いに僅かな呆れを含ませて――その気配はこはくの方が色濃かったが――くるりと舞うように剣を躍らせた。
「駄弁ってる間に沸き過ぎじゃないかなあ!」
「んなこと言ってる暇あったらとっとと斬らんかい、阿呆!」
 既に二桁は突入した討伐数に嫌気がさし始める。体力も無限ではない、焦りも僅かに滲み始めていた。
 醜い雄たけびと共に、鈍い音が鼓膜を震わせる。慌てて身体をひねり、火元素を剣先から放出した。
 土埃を立てて過ぎ去ったのは盾持ちのヒルチャール暴徒だ。あっぶな、とこぼした直後、音もなく風の刃が過ぎ去る。翡翠色のそれは、盾に付着した火元素を巻き込んで紅蓮色の刃となってヒルチャール暴徒の体躯を侵していく。
 ここに来て親玉のおでましかいな、と声には出さずとも態度からいらだちがにじみ出る。
「ははは、悲憤慷慨!」
 ふつふつと周囲の気温が上がる。次いで、目に焼き付くような鮮やかな炎が立ち上がる。ヒルチャール暴徒の持つ盾諸共燃やし尽くさんとする勢いの炎は、しかしむなしくも焼かれたことに怒り狂う魔物の突進によって振り払われた。
 ははは、と乾いた笑い声を耳にして、こんなもんやろ、と冷めた声が落ちる。
「ま、逃げられると思わへんこっちゃ」
 楽し気な声音と共に、乾いた音が当たりに響く。さっぱり響かない鈴の音。からからとした飾り気のない音が響くと同時に風元素が斑の起こした火を拡散させてヒルチャール暴徒の元へと導く。
 振り切ったはずの炎が再びやってきたことが不満だったらしく、ガアア、といかにも怪物らしい怒号と共に巨大な両腕を振り回してくる。
 とはいえ。
 そんなやみくもな攻撃にあたるほどのろまではない。
「これで……終いじゃ!」
 風元素をまとった刃が火元素を巻き込んで怪物の急所を切り付ける。それでおしまいだったらしく、お手本のように膝から怪物は崩れ落ちた。
 一つ息を吐いて、こはくは心底疲れ切ったという風に伸びをする。辺りに怪物の気配はない。これで正真正銘おしまいらしかった。
「龍災が落ち着いたと思ったらこれだもんなあ。……いや、落ち着いたから、かなあ」
「さあ、手持ちの情報だけじゃなんとも言えへんよ」
 武器をしまい、憎々しいほどの青空を見上げる。薄い埃が空をつう、と流れている。のんきでいいことだ、と思ったのは口に出さないでおく。少々気分がささくれ立っているらしい。
「まあ、『栄誉騎士』はんだったら知っとるんやないの」
「旅人さんかあ。そうだろうなあ」
「なんじゃ、意外と興味あらへんのかい」
「んんー、いや、そういうわけでもないんだが……」
 金髪の旅人。小さな友人を連れた、不思議な人。あの旅人は、今頃は璃月にいることだろう。ちなみに、璃月では迎仙 儀式でひと悶着があったらしいとファデュイがぼやいていたのを聞いている。また厄介ごとに巻き込まれているのは間違いない。
 斑は意外そうな表情をしているこはくに一瞬視線を向けて、すぐに外す。
「今のところは関係がないからなあ。……あの旅人さんが、稲妻に行くというのなら話は別なんだが」
 ふうん、と今度はこはくの方が興味もなさげに口にする。聞いておいてそれかあ、と苦笑交じりの抗議に、もっともやと思っただけじゃ、とつまらなさそうな言葉が返る。
 残念なことに、今のところ自分たちは脇役にすらなれないのだ。
原神嵌りたてで書いた短編になります。やはりこはくちゃんは風(皮肉)で三毛縞は炎(皮肉)だと思うんですよ!!それはそれとして水こはくちゃんと雷みけじもみたいですね。

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