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それは似て非なる戦いという話

 かひゅっ、と嫌な音を立てて空気が喉を通り、勢いよくむせてしまう。大丈夫ですか、と愛らしい二つの長い耳が目に入り、大丈夫だよ、と小さく笑みを浮かべた。
「リツカさんは今回が初めての作戦です。私たちがフォローしますから、どうか無理はなさらないでくださいね」
「了解。大丈夫、さっきのは気が抜けてむせただけだから」
 血と硝煙燻る空気はお世辞にも言いとはいえず、強風にあおられて無数の砂ぼこりが視界を遮っている。アーミヤと自分の少し後ろについている指揮官は、一つ頷いてから、念のため確認をしようと号令をかけた。
 すう、と呼吸を整えるように息を吸う。砂ぼこりの舞った空気が喉に張り付いて気持ちが悪い。深呼吸は場所を選ぶべきだな、と水分で喉奥に埃を押し流すことにした。
「今回の作戦は、レユニオン残存勢力の掃討だ。彼らが特に何もしないのであれば無視してもかまわなかったんだが、現地での過度な略奪行為が確認された。一帯の安全確保のために、本作戦を敢行する」
 指揮官――『ドクター』の説明を聞きながら、血なまぐさいな、とどこか非現実的な映像を見ている気分の自分は思う。ここまできても未だ夢見心地な気分が抜けず、先ほどは気が抜けて咳き込んでしまう始末だ。
 自分がロドスへ駈け込み、オペレーター試験に合格してからおよそ一か月程度経つ。まだまだ新米で、本来であれば彼らが前線で請け負っているような作戦には参加できない身分だ。それでも、実践経験を積まなければいつまでも成長できないのもまた事実。
 術師オペレーターである自分は、そうして運良く回ってきた、比較的低難度の作戦へ参加する運びとなったのである。
 シミュレーションで散々経験した生死のやり取りを、今度は実際に行うのか、と後ろめたい気持ちが胸中を重く満たす。
 嫌だな、と露骨に顔に出てしまっていたらしく、今回自分の隣に立つらしいアーミヤが苦笑を浮かべて見せた。
「気持ちは分かりますけど、これも必要なことですから。……戦う意思もない人々が、一方的に攻撃され、奪われ、命を落とす。そんなこと、あっていいわけがないのです」
 それは、確かにそうだ。
 同意は確かにしていたはずなのに、終ぞ声は出ず、作戦開始、という鋭い号令に意識を現実へと引き戻される。
 行きましょう、とアーミヤにコードネームを呼ばれ、ああ、と短くうなずく。
 どこか嗅ぎ慣れた線上の匂いに顔をしかめて、嫌だなあ、と口の中で転がして。

 ぐちゃり、と嫌な音を立てて肉片が散った。黒いアーツが頬の横をかすめて、自分の背後にいたらしい敵に命中した音だった。
「そんな、ここまで多いなんて……!」
「アーミヤ、ドクターは!?」
「まだ防衛ラインは突破されていません!ですが、このままでは――」
 自分たちの目標地点は防衛地点近くの高台だ。最終防衛線として配置されたのは、前線で押し込めなかった敵を削りきるための念押し――のはずだった。
 実際は、わらわらと敵が前線をすり抜けてきているのであるが。そうなると、いくら威力があっても速度を出せない術師オペレーター二人ではいささか無理が出てくる。せめて補助オペレーターの援護か、足止めとして前衛ないしは重装オペレーターを追加で配備してもらうことが望ましいだろう。
 けれど、最善が分かっても実行できないのが世の常である。
 そういう戦場を、自分は嫌というほど知っている。
「せめて進行速度を押さえられれば……」
 苦々し気にアーミヤが口にしたのを聞いて、それならばできるかもしれない、と根拠のない確信を抱く。
 もしそれができれば、あのドクターのことだ、間違いなくアーミヤの攻速強化技能の仕様支持を出してくれることだろう。
 人差し指をピンと立てて、敵に向ける。知らないけれど、知っている動作。
「よし、いくよ!」
 じゅっ、と手首が焦げる感覚がした。異常な痛覚に思わず歯を食いしばれば、ぎちぎちと嫌な音を立てて、口の中が切れた。一緒に粘膜を切ったらしい。
 止まった、と小さな歓声が隣から漏れて、動きを止めた敵にすかさず黒いアーツが命中する。ぐしゃり、と味気なく肉片が飛び散った。
 殺し合いなのだな、と思う。
 世界を救うためでもなく、未来を取り戻すためでもなく、ただ世界を変えるための流血。それがどうにも嫌で嫌で、けれど仕方のないことだと理解して、ぷすぷすと焼ける感覚だけは継続している右手に集中する。
 そうして、ようやっと敵の流れが止まったころ、作戦終了、というドクターの疲れた声が響いたのだった。
「お疲れ様。二人とも、負担をかけてすまない」
「ドクター!いえ、私は大丈夫です。リツカさんが勢いをそいでくれましたから」
 そういいながら、小さく耳は垂れている。どちらにせよいらぬ負担をかけたことに違いはないな、と自分も詫びの言葉を口にした。
 そうして戦後のやり取りをしながら、やはり違うのだな、と淡く思考を巡らせる。
 極端な話、かつては自分に責任はあまりなかった。自分はあくまで実働隊の隊長であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。だから、多分そういう話。結局、責任は上にあるのだから、自分――藤丸立香にはどうあっても社会的に重大な責任は発生しない。
 殺したんだな、と両の手を見る。銃で人を殺した感覚に近しいのだろう。生々しい感覚はさっぱり残っておらず、ただアーツを使った反動だけが手に残っている。
(ああ、存外)
 むなしいのだな、と無感情に両目を伏せて、戦後処理を行う彼らの後をついていった。
少し前に書いた藤丸inテラの話です。雰囲気で書いたのでふわっふわです。

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