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この感情に意味はない

 蛍は苦悩していた。
 それというのも、あの各地に出没しては旅人のことを振り回していく「公子」のせいである。
 ふう、と何度目かわからないため息をついて、片手剣を仕舞う。稲妻での騒動が落ち着き、「式大将」と謎の秘境でのあれやこれやが一通り済んだ後――鶴見の地にて、蛍とパイモンは図らずも声をそろえることになる。
 外はねしたライトブラウンの髪、見間違えようのないファデュイの面。遠目から見ても目立つ長身に、嫌味なくらいに整った顔立ちの青年。
「って、何でお前がこんなところにいるんだよ!」
「ええ?酷いなあ、俺がここにいるのはそんなにおかしいかい」
 軽薄そうな口ぶりと相反するように、彼の手には水元素で構成された両手剣が握られている。戦闘の直後だからだろう、僅かに「公子」の目に熱が残っている。
「でも、そうだなあ……折角なら俺も君についていこうかな」
「なんでそうなるの……」
「そんなこと言うなよ、相棒。鶴見には面白い敵もいるし――俺は戦闘を楽しめる、君は戦力が増える。ほら、利害は一致しているだろう?」
 言っていることは間違いではない。だが、蛍たちが鶴見に来たのは、特産品である「ユウトウタケ」を探しているからである。何故採取に戦闘が付きまとうのか。
 パイモンは警戒心をむき出しにして「公子」をにらんでいる。今のところ、彼は自分たちと戦う気はないらしい。どちらかといえば、蛍と同行することで遭遇するであろう戦いに期待をしているようだ。
「ここには採取に来ただけで、戦いはないよ、タルタリヤ」
「ふうん……そうか、それは残念だ。ところで、青いキノコが生えてるすぐ周辺に遺跡重機がほっつき歩いていたけど……」
 あっさり納得したな、と思うや否や、タルタリヤはにやりと口角を上げて続ける。遺跡重機。青いキノコもとい「ユウトウタケ」周辺に。
 情報を口の中で転がして、はっと顔を上げる。
「は、はかったな!!」
「えっ?……いやいや、いくらファデュイでも遺跡重機をわざわざここに持ち込むとかやらないって!」
「タイミングが完璧すぎる……」
「相棒まで!?」
 冗談、と口先だけで言ってみれば、公子は肩をすくめて武器をおさめた。背には無骨な弓がある。一番苦手な武器だ、と言うだけあって、その使い方ははちゃめちゃだ。弓使いではない蛍から見てもそう見えるのだから、弓を主軸に戦う――例えば、宵宮とか、ウェンティとかが見れば、余計にそう思うのだろう。
 少しだけ考えて、問題はないはずだ、と結論を出した。遺跡重機――この先にあるのはモシリ祭壇だったはずだ。周辺への被害こそ気になるが、あの周辺にはフライムどころかヒルチャールも出なかったはずである。
 それであれば、蛍の敵ではない。その程度、タルタリヤとて分かっているはずである。
 蛍の胡乱気な目にタルタリヤはようやく諦めたらしく、残念だ、と本心からの言葉のようにうそぶいた。
「遺跡重機一体、それも周辺にヒルチャールも出ないような場所なら私の敵じゃないよ。それとも、目の前の敵の強さすらはかれなくなったの、「公子」?」
 わざと挑発するように言ってみれば、「公子」はその光のない青い目を見開いて、それから心底嬉しそうな笑みを形作った。整った顔が、歪な狂気に彩られて、気持ちが悪い。
 漏れ出た威圧感にパイモンが震えて、それでも蛍の隣に居続ける。その心づかいがほんのすこしだけくすぐったくて、蛍は内心で笑みを浮かべてしまう。今までもこれからも最高の「相棒」足るのはパイモンだ。そこは、間違いがない。
「アハハッ……」
 誰に向けたわけでもない、本当に漏れ出ただけの笑い声がむなしく鶴見の地にこだました。肩を震わせて、笑いをこらえるようにタルタリヤはうつむく。その姿を、自分は無感情に眺めている。
「それもそうだね。アハハッ、実に愉快だ――そして嬉しいよ、相棒」
「そう」
「やっぱり俺の目に狂いはなかったね。うんうん、ならお楽しみは後にとっておくのが懸命だろう。じゃあね、相棒。次に会ったら一戦交えようじゃないか」
 心躍る、素晴らしい戦いをね。
 バイバイ、また明日――軽い別れのあいさつのように宣戦布告をしてタルタリヤが踵を返す。向けられた背中に悲壮な色はなく、どちらかといえば子供っぽい空気すらはらんでいた。
「結局、何しに来てたんだ、アイツ?」
「さあ。「散兵」の手掛かりはもうないって言っていたし、本当に暇つぶしかも」
「……ファトュスって暇なのか?」
「さあ……」
 そこを突っ込まれると蛍も何も言えない。ファトュスも案外暇を持て余しているのかも――いや、それはない、と首を振る。なんだかんだで「公子」も抜け目なく暗躍しているらしいし、目に見えないだけで忙しいのだろう。
 いや、忙しくしなくて全然いいのだけれど。
 ごちゃごちゃしてきた思考に区切りをつけて、蛍は小さく息を吐く。行こうか、とパイモンに声をかけて、祭壇方向へ向かう。道中の取れるユウトウタケと合わせれば、規定量には到達するはずだ。

 少しだけささくれ立った心中に蓋をする。
 どうせ、蛍の行く先に現れるというのであれば。
 特段、今考える必要もない。

 それくらいには、蛍は「公子」を――タルタリヤという青年を信頼している。


***


 話を聞く。それはいつかあり得た日常の断片のようなもの。夢も現も区別がつかないのであれば、どちらだって同じこと。
 焚き木のそば、濡れた衣服を纏ったまま、寒い寒いと身体を震わせた青年はただの青年のようだった。もっとも、今でなお隙の無い様子に光のない目を見れば、そんなことはないとあっという間に再確認ができてしまうのだけれど。
「そういえば、蛍にも兄妹がいるんだっけ?奇遇だね」
「……きょうだい持ちって別に普通では」
「つれないなあ。ちょっとした話の種だろう?」
「貴方は話さないんでしょう?」
「ハハッ、そう言われると何も返せないな」
 くつくつと喉奥を鳴らして、タルタリヤは黙り込む。ほんの刹那、瞬きをしてしまえば見逃してしまったであろうくらいの僅かな時間。昏い昏い目の奥に、途方もない闇を見た。
 蛍は知らないし、タルタリヤも知らない。互いがどのような環境で育ち、どのような旅路を辿り、そしてどこを目指しているのか。
「この先――」
 口をついたもしもは、タルタリヤの口にした「話の種」にすぎない。だから、これも特段意味のない話。
「殺しあうとしたら、どっちが勝つと思う?」
 きょとん、という擬音が付きそうなほどな間抜け面をさらして、それから「公子」は耐えきれなくなったように噴き出した。それ本気で聞いてるのかい、相棒、とひいひい笑いながら問う。
 もちろん本気ではない。こんなものはただの話の種に過ぎない。だから、意味はない。時間つぶしでしかないのだ。
「そりゃあもちろん、俺が勝つさ。相棒もそうだろう?」
 だろうな、と頷く。蛍も正直自分が勝つと思っている。実力は拮抗しているようなものだし、特に蛍には黄金屋での勝利の記憶が残っている。なおのこと、自分がタルタリヤに敗けるというイフは想像しがたい。
 だから、そう、この話そのものに意味はない。
「さあて、もうそろそろ寝ようかな。明日も早いんだろう?」
 言葉と反して、「公子」は立ち上がる。それを、蛍は内心でどこか納得して眺めている。そうだね、と肯定の言葉が口をつく。
 意味はない。
 意味もない。
 故に、そう。

 この感情にだって、きっと意味もないのだろう。
雰囲気タル蛍小説です。公子を欲望に負けて引いてしまった時に息を位で書き上げたものになります。これくらいのドライさを含んだ距離感が好きですね!

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