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未来視と降谷さん

・序
 未来が視えるということほど残酷なことはないだろう。

 先がわからないからこそもがき、
 先がわからないからこそ希望する。

 見えているのであれば意味がない。知っているのであれば理由はない。その希望も絶望も、先に経験するはずの感情ですら、既に知っているのであれば、どうして心が揺れ動こうか。
 息苦しさにただただ声を吐く。熱い熱い塊を吐き出すように、ただ意味のない音を吐き出す。

 ああ、まったく。

 なんていらない祝福なのだろう――


・幼少期
 それは単純な興味であった。
 降谷という少年は、その周囲と異なる出立ち故にコミュニティから浮いていた。子供というものは残酷なもので、ただ目肌や髪の色が違うという、本当にそれだけで一人の子供を爪弾きにした。
 そういう誰かさんは、たいていどこの場所にも一人はいるものらしい、と幼心に知ったのは存外早いタイミングだった。
 建物の影になる、人の気配の少ない寂しい場所に、その少年はぽつんと座っていた。
「……お前」
 話しかけるか少しだけ迷って、けれど結局興味が勝って口を開く。うずくまっていた少年はぴくりと震えて、おそるおそるといった風に顔を上げた。
「なんでそんなところにいるんだよ」
 先生が探していたぞ、とはいえなかった。施設の大人が誰かを探しているそぶりは見せていない。爪弾きにされた少年がいないことをいい事に、子供たちもきゃいきゃいと無邪気にはしゃいでいたのを降谷は知っている。
 苦いものを飲み込んだ気分だ。くしゃりと顔を歪ませて、そんなところにいたって、と何処かナイフにもにた鋭さを帯びた言葉をただ吐いた。
「――だから」
 ぼそぼそと聞き取りにくいほどの声量で少年が口を開く。少しの苛立ちを込めて、聞こえない、と言えば、一瞬だけ迷うように瞳を揺らして、少年は俯いた。
「いっしょだから」
「何がだよ」
「……ここにいても、いなくても」
 かわらないから、と諦めたような言葉を吐く。自分よりも一つ下という少年は、子供らしくないほど平坦な声でそう言った。

 その少年の噂話は降谷の耳にも届くほど有名だった。おそらく、近所の大人たちの耳にも入っている事だろう。入れ替わり立ち替わり訪れる大人が噂話をしているのを聞いたことがあった。
 不気味。変。気味の悪い。そんなテンプレートのような悪口から、呪い子だとか、魔女の子だとか、笑ってしまうくらいに荒唐無稽な噂話まで色々だ。
 それはひとえに少年の言の葉に起因しているらしい。
 曰く、不幸の運び手だとか。
 なんでも少年の口にする不幸は現実になるのだとか。

 馬鹿馬鹿しい、と降谷は思う。
「なんだよそれ。だからお前はそこで丸まってるっていうのかよ」
 降谷少年は生来好戦的というか、気が強いと形容するべきか、自分が理不尽な理由で虐げられることに強く反発するタチであった。故にこそ、その少年にひどく苛立ちを覚えたのだろう。
 似た境遇であればこそ、どうして彼は受け入れるのか。彼が置かれている環境は、理不尽と形容するほかないものだというのに。それぐらいは、少年の降谷零にもわかることだというのに――
「あした」
 ぽつり、と少年が口を開く。色素の薄い目は虚な光を灯して、どこか泣きそうな色を浮かべているように見えた。
「――さん、事故に遭うよ」
 色素のうすいダークグレーの髪は、今だけは影が落ちて真っ黒に見えた。


 流石に大人の心情が理解できてしまった。そのことがどうにも腹立たしくて、降谷は怒りのあまりその辺に転がっていた小石を塀に向かって蹴り飛ばした。こつん、と小さな音の少し後に、小さなうめき声が聞こえた。
 慌てて振り返れば、あの少年がぼんやりした表情のまま、左足を手でさすっているのがみえた。
 跳ね返った小石が当たったらしい、慌ててごめんと口にしつつ駆け寄れば、驚いたように少年はゆっくりと目を開いた。
「なんで?」
「いや、俺が蹴った石が当たったんだろ。怪我してないか?先生のところにつれてって――」
「……こわくないの?」

 少年が言及しているのは、少年と同い年の少女が今朝方事故に遭ったことだろう。昨日の昼頃、ゾッとするほどの機械的な声で口にされた内容と全く同じことが起こったのだ。
 不幸の運び手。
 正直なところ、降谷からしてみればいつかそうなるとは思ってたけど、ぐらいにしか思っていなかった。それでもぴたりと言い当てたのは驚いたし、もしこれが常態化しているのであれば気味悪がるのも、納得はしないが理解はできる。
 かの少女は元より不注意で傲慢な傾向が強かった。降谷を爪弾きにしている子供のうちの一人でもあり、いわゆる「赤信号、みんなで渡れば怖くない」を地で行く感じの子供だった。飛び出しも多く、大人に注意されては不服そうにしていたのを降谷は知っている。
「こわくないの」
 まだ小柄な少年は平坦な声で問う。降谷はなんとなくそれが気に食わなくて、ふんと鼻を鳴らしつつ、怖いわけあるか、と吐き捨てた。
「自業自得だろ」
「……そっか」
「お前がいったから事故に遭ったとか、ありえないし」
 震えた声に慌てて付け足すように言えば、僅かに口角を上げた少年が小さく頷いていた。


・青年の言うことには
 言わずもがな、降谷零はすこぶる優秀な捜査官である。若くして潜入捜査官として三つの顔を使い分け、激務の中の激務を澄まし顔でこなしてしまうくらいには。
「すましてはないが?」
「そう見えるだけだ」
「……はいはいそういうことにしておいてやる。それで、この辺の資料見てどう思う?」
 ばさりと雑にまとめられた紙資料を一瞥して、それからふっと息をはく。
「燃やされることはわかった」
「そこじゃないのはわかっていってるな?」
「そこも含めて燃やされるのはわかりました、これでいいか」
「…………そうか、燃えるのか」
 降谷はとたんに沈痛そうな表情を浮かべて、後処理どうするかな、などとさも決定事項かのようなことを口にする。
 むろん、俺が口にしたこと自体はただの予想に過ぎない。

 ただちょっと、精度の良すぎる予想、というだけだ。

 よくある設定で、この目には『予測の未来視』という魔眼がはまっている。代々オカルト好きな一族ではあったが、まさか異常を内包した家だとは誰も思うまい。
 もちろん近くに魔術師がいる、という都合のいい展開があるわけでもなく、未来視――それもそれなりに力の強い眼を持った俺は綺麗に施設送りとなった。とてもつらい。

 降谷は諦めたようにもう一度息を吐くと、ちなみに回避策は、と問う。簡素なセーフハウス内は笑ってしまうほど殺風景だ。とは言っても、どうせいつかは引き払う家なのだしどうでもいいとは思う。
「回避策?事前に爆発させるとかか?」
「なるほどな。お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「そんなに期待するなと忠告しただろう。俺はあくまで精度の高い予測しか提供できないって」
 苦笑まじりに返せば、全くお前は、と呆れた目で見られてしまった。非常に解せない。とはいえ、その「非常に精度のいい予想」を覆してくる人間は今の所目の前の降谷だけだ。

 この目はあくまで予想の範疇を出ない未来視ではあるが、この未来視、非常に範囲が広いのが特徴だ。
 未来予測とは演算である。情報は与えられれば与えられるほどいい。この目はふざけたことに、紙面上の情報でも未来視を可能にしてしまう。おかげさまで、生まれてこの方目に映るのはこれから過ぎ去るはずの現実だ。
 未来が見えるのだから人生イージーモードだって?冗談ではない。測定の魔眼ならまだしも、ただの予測の魔眼であるこの目は推察される出来事しか映さない。
 押し寄せる未来構図はあっという間に現実を塗りつぶす。到底ちびっ子に耐え切れる代物ではなく、結果として待ち受けているのは孤立とあいなった。
 最も、それすらも知っていたわけだが。

「ところで、今度大きめの仕事があるんだが――」
 ちりりと走った映像にそっと口角を上げる。
「爆発炎上は免れないぞ。それも結構派手な」
 凄まじい舌打ちに思いっきり笑ってしまったのは悪くないだろう。
 正直爆発炎上に関してはどうしようもなさそうではあるが、この男ならばあるいは、という希望がある。
 精度のいい予測は厄介だ。変えられる未来と知ってはいるが、測定の未来視と違ってそのプロセスがさっぱり読めない場合がある。そうなると、もはやどう現実を捻じ曲げれば未来を変えられるのか分からない。
 そもそも、この未来視という能力を胡散臭がる者の方が大多数だ。間違いない。正直、俺とて当事者でなければ絶対に信じていない。

  ふるや、

 それを、何故だか現実至上主義者とでも形容できるこの降谷は、

  君の友人が、

 さも当然のように信じて、そして、その未来を変えたことを、俺は今でも鮮明に覚えている。

「あと明後日の会議は一週間後に延期になるぞ」
 無言のガッツポーズに吹き出せば、ナイス予知、と肩をばしばし叩きながら降谷が爆笑する。正直痛いのでやめていただきたい。


・降谷の見解
 きゃいきゃいとはしゃいだような声に目を向ければ、ちょうど子供たちが机の上に何やら広げて盛り上がっているのが見えた。
 喫茶店ポアロにアルバイトとして出勤する少し前から盛り上がっていたらしい、推理ゲームだそうですよ、と榎本梓がこそりと教えてれた。
「あっ、安室さんだ!」
 気づいたらしい歩美がぱっと明るい声を上げれば、つられて残りのメンバーも顔を上げた。こんにちは、とにこやかに挨拶をすれば、こんにちはー!とやはり元気な挨拶が返ってくる。実に平和な光景である。
「あの、これ安室さんならわかりますか?」
「コナンと灰原は用事があるって帰っちまったんだよな」
「歩美たちだと全然わかんないの……」
 雑誌らしき冊子を広げているらしく、どれどれ、とエプロンの紐を結びつつテーブルに向かう。入り口に背を向けたあたりで、いらっしゃいませ、という梓の声が飛んだ。いらっしゃいませと復唱して、どれかな、と意識を少年探偵団の方に向けた。
「これ、推理ゲームらしいんだけど、全然わからないんです」
「どれどれ……へえ、面白そうな内容だね。ミステリー小説の短編みたいだ」
「本物なんだって!答えは来月でるって言ってたんだけど、何とか解いてみたいなって思って!」
 著作の欄には見知った推理小説作家の名前がある。どうやら作家が推理パート直前までを書き連ねたらしい。推理に必要な材料が出揃った部分で小説を切り、答えは次号に掲載。推理した答えを出版社に送り、正解者の中から抽選でプレゼントがもらえる、という企画らしい。
 安室は興味深そうに雑誌に目を走らせる。かの作家は緻密なトリックが有名で、その界隈ではなかなか評判らしい。僕に解けるかなあ、と苦笑を浮かべてみれば、解けるに決まってるよという元気な声が三者から飛んだ。
「それじゃあ、すこし読ませてもらってもいいかな」
「もちろんです!あ、でもお仕事は大丈夫ですか?」
 光彦が伺うようにカウンターに目を向ければ、梓はぱちりとウィンクをして、オーケーと右手の人差し指と親指で円を作る。すいません、と頭を下げれば、気にしないでくださいと梓がちいさくわらった。

「――犯人は最初に公園で登場した青年。ついでに懸賞は君達のご友人が手に入れていると思うよ」
 雑誌に目を戻そうとした時、聞き慣れたテノールがぽつりと落ちた。きょとんと目を丸くする子供たちに目もくれず、思わず振り返ってしまう。
「お……君、」
 ついでかかった素を飲み込んで問えば、青年はくすりと悪戯っぽく笑った。
「推理してみたらどうだ」
「……ええ、いわれずとも。あとわざわざそれが無くても解けます」
「それは余計なお世話だったな」
 くすくすと楽しそうな男にそれなりの苛立ちを覚えつつ、それが幼少期に抱いたそれよりも遥かにマシなことに内心で笑う。

 いやはや、なんとも平和な未来予知もあったものだ。

 青年の目にはからかいが浮かんでいる。色素が生まれつき薄いらしい、ダークグレーの髪は清潔感漂う短髪に整えられていた。
 本当かなあ、と疑う声が聞こえて、本当だと思うよ、と柔らかな声で返す。安室とてこの程度のミステリーなど造作もない。彼の言い放った解答に理由つきで到達するのも時間の問題だ。


 ――昔日のやりとりを思い出す。
「おとなりのおばちゃん、XX日に死んじゃう」
「あの人、明後日にはいなくなってる」
「あの子は来月に引き取られるよ」
「あの猫、明後日轢かれちゃう」
 ぽつぽつと感情のない声で告げられるのは未来予知そのものだった。感情のない金色の目が妖しく輝いて見えたのは、決して降谷の御間違えではないだろう。
「ふるや、」
 溺れたような息苦しさを持って、かの少年はただ感情の薄い目を降谷に向けたのを、よく覚えている。
「明日は出かけちゃだめ」
 義務教育の二段階目に入った頃になっても少年の感情の薄さは治らなかった。ただ、その日だけはひどく憔悴しきった様子でそんなことを言うものだから、なんだなんだと動揺を覚えたことを思い出す。
「明日は出かけないで」
 水泡を吐くかの如く苦しさを内包した声でもう一度請われて、ああ、と降谷はつい頷いた。
 本当のところは、翌日はノートやら何やらを買い込むつもりだったのだが、別に急ぐわけでもない。というか、今日学校の帰りに寄って行けばいいだけの話だろう。だから、今にも泣き出しそうな顔の友人に苦笑を浮かべて、なら、と口に出す。
「明日行く予定だった文房具屋、付き合えよ」
 そして翌日、その文房具屋に強盗が入り、死者十数名という痛ましい事件が起きた。降谷が思わず電話を手に取ったのは無理のないことだろう。
「ありがとう……」
 消え入りそうな声をよくよく覚えている。
 助けられたのは降谷だ。これだけは間違いない。予定通り、今日出かけていれば巻き込まれていたのは確実だったし、何よりその犠牲者の中に降谷が仲間入りしていても何もおかしくはないのだから。

 未来視の魔眼。
 視覚や聴覚、あるいは過去の記録を含め、あらゆる情報からこの先起こることを予期する、天性の異常。
「俺のこれは、場所も超えるから、なんて言うんだったかな。千里眼みたいな」
「……いや、信じるが。信じるが、にしたってデタラメだなそれ……!!」
 俺もそう思う、と高校に進学した彼ははにかむようにわらった。中学校での一件以降、彼は目に見えて明るくなった。
 曰く、この眼で見た未来が現実にならなかったのは初めて、らしい。
 降谷は一瞬施設の光景を思い出したが、すぐに思考の片隅に追いやる事にした。
「降谷、」
 にこりと笑ってから青年は口にする。
「明日の天気予報は外れるぞ。大荒れだ」
「実用的な未来予知をどうも!!」
 思いっきり叫んでから、ついで声を上げて大笑いする。友人の摩訶不思議な話を、その時は不思議なくらいに信じることができた。

 ふるや、
 降谷、

 彼がその眼で見た未来を口にするとき、彼は決まってそう話を始める。
 そのおかしな癖を知っていたからか、あるいは未来予知などという訳のわからない能力を知っていたからなのかは分からない。
 潜入調査の任務が始まってからそれなりに経った、ある日のこと。突然かかってきた電話を、降谷は特段驚くこともなく取ることができた。

 ――降谷、

 ごぽりと水泡を吐くかのような息苦しそうな声。
 その声音を降谷零は痛いくらいによく知っている。
 その未来を叩きつけられて、ただ絶望している時の声だと――よく、知っていた。

「君の友人が、XX日に死んでしまう」

 ふるや、
 俺は、みたいわけじゃないんだ。

「視たくなんか、ないんだ」
「そうか?なら、その未来を俺に教えろ」
 金色の目が微かに揺れた、ような気がした。電話口の表情は推しはかるしかないが、それでもただ息を呑んだことは分かった。
 長い長い諦観に終止符を打ってやろうとしたわけではない。単に自分ならば利用できると、そう思っただけだ。
「俺なら変えられたんだろう?」
 断言された言葉に、電話口の友人は果たして何を思ったのだろうか。

 「血飛沫があった。
  場所は高い、人気のないところで、時間は夜で、
  落ちた拳銃と、
  胸ポケットのところに血のしみが視えた」

 震えた声に、任せろとだけ答える。待ってくれ、と慌てた声がして、切り掛けた携帯を慌てて耳に押し当てる。

 「何かに気づいた様子だった。
  誰かにやられたわけじゃなくて、
  ――じさつ……?」


・スコッチの証言
「いやー、普通信じますかねそういうの!ちょっと俺ってば夢見てる?」
「あっ降谷そこ爆発するからルート変えろ」
『りょうか、っうお!?ギリギリすぎる!もっと早めに言え早めに!』
「無茶言わないでくれ、こんな精密視なんてやったことない……この道スナイパーから見えるみたい。撃たれて死ぬっぽいな」
『ックソ!!!!』
「こわ……」
「俺からすればどっちも怖いんだよなこれが」
 スコッチこと救出された諸伏景光は一種の悟りを持って一連のやり取りを聞いていた。
 未来視という割と訳のわからない能力によって助け出されたのがつい一週間前の話。そして現在、例の組織とは別の犯罪組織からハリウッドもかくやという大逃走劇を繰り広げている降谷をサポートしている。
 もっとも、
「えーっと……あっだめだその道、赤しか見えない」
『爆弾か!?』
「爆弾って感じの赤さじゃないな……血?降谷の未来って爆発炎上と血飛沫多いな」
『好きでそうなってる訳じゃないが!?』
 キレ気味の声に乾いた笑いがでた。笑うな、という怒声がとどめとなって思わず腹を抱えてひいひい笑ってしまう。モニター画面に映し出されたマップを見ながら、降谷零の位置情報が確実に安全地帯に移動しているのを確認する。
 隣で金色の目を複数のモニターに走らせているのが降谷の古い友人だという青年だ。色素が薄いことに起因するダークグレーの髪、蜂蜜を煮詰めたかのような金色の目。ぱっと見た感じは目立たないのが非常に不思議な青年である。
 その青年は、降谷相手に緊張感の欠けた声で未来予知を伝えている。そしてそれを的確に避けていく降谷。側から見たら映画のワンシーンである。
「おっ、あと一キロ切ったぜ」
「……あ、だめ」
 金色が一層強くなった気がして、モニターを確認する青年の方を見る。
「みえない」
『なら迎撃するか』
「ばっ、バカ!流石に死ぬだろ!」
「迎撃、の先なら――」
 金色の目が忙しなく複数のモニターを行き来して、青年は先ほどまでの気の抜けた声音からは想像もつかないような機械的な声で電話口に言葉を落とす。
「一番奥から二番目、スキンヘッドの男が君を殺す」
『それ以外は?』
 すう、と息を吸ったのが分かった。
 絶体絶命の状況であるのに降谷の声には冷静さが滲んでいる。それが諸伏にはにわかに信じ難くて、ただモニターを凝視しているようにしか見えない青年を見遣る。
「色々赤いから怪我してる、
 銃声がして、
 拳銃を構えているスキンヘッドの男がいて、
 明るい――
 花火?
 人数は六人で、
 あ、奥に車がある」
 とつとつと、映像を実況するかのような言の葉を落としていく。

『――了解』

 にやり、と笑った降谷の姿が見えた気がした。


 そして諸伏はとてもとても悟った表情で青年を見ていた。青年は金色の目をぱちりと瞬きさせて、それから小さく困り笑いを浮かべた。
「すまない」
 申し訳なさそうな、小さな声音。
「へ?何が?」
「……気分のいいものではなかったと思った」
「ゼロをあんだけサポートしてもらって気分悪くなることってある?」
 普通はないのではないだろうか。諸伏は新手の隠語を疑ったが、青年はあくまで諸伏が気分を害したかどうかを心配している様子だった。
 まあ、確かに。あの光景は到底信じ難いものであるし、降谷の口にした未来視の魔眼とやらも眉唾物ではあると思う。
 それでも、少なくとも不平や不満を抱くことはないだろう。命をすでに救われている諸伏にとって、青年は救世主になることはあっても、決して悪者にはなり得ないだろう。
「少なくとも、俺は感謝してるんだぜ」
 その未来視に救われたのであれば、その分だけの礼をすることもやぶさかではない。
「っていうか、ここもよく見つけたよな」
「ここまで千里眼を酷使したのは初めてだ。数日コントロールが効かなくて、しばらく現在が塗りつぶされた気分だった」
 肩をすくめながら青年は言って、降谷は、と問う。位置情報が規定の位置でロストしたことを確認して親指を立てれば、青年は心底安堵した表情を浮かべた。
「よかった」
 ぽつり、と漏らされた言葉が嫌に耳に残っていた。
・未来視主
 ランク「黄金」の予測の未来視を持って産まれてしまった青年。精度が良すぎるため、なかなか変えられない未来に諦め切っていたが、颯爽と未来を変えまくる降谷氏に希望を見出した。
 ちなみに彼の魔眼は空間を超えて未来を見ることもできる(正直クソ疲れるらしいので見たがらない)ため、正確には千里眼に分類される。

・降谷さん
 未来視主の諦観し切った様子がちょっと気に食わなくて、意地でも未来視主の未来を変えまくっていた人。最初から今まで半ば意地で変えているところがある。

・スコッチ
 まさか未来視なんてものに救われたとは思うまい。
 少し歪な感受性を持った未来視主をちょっと心配している。助けてもらったらしいことは事実なので、相応に感謝はしている模様。

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